2012年12月28日 (金)

シドニーにおりたってから丸4年たちました。ワークビザの申請!

シドニーに降り立ちこの12月であっというまに4年という月日がたちました。
早いものです。そして気づくと、ブログ、一年も更新してなかった・・・最近Faceブックばかりやっていて、どうもブログには慣れません。

来豪して最初の二年目は、学生ーシェフの調理コースで(当時はシェフのコースがが、手っ取り早い永住の道でした)、永住権を目指し、
二年目の中盤に永住権の条件が大幅に改正、勤めていたキッチンもそのころほぼ首になり、新たな職を見つけ、ベルギーカフェでシェフとして働きながら学校を無事卒業・・・卒業後、よもや日本に帰国しかないかと思いつつ、日本に帰国しても元IT職に戻れるように、シドニーでITのコースに1ヶ月通い。。。その後、シドニーで就職活動し、ラッキーにも現在のITの会社からようやく仕事のオファー。

オファーされたものの、私に永住権がないことをなぜか、後で気づいた会社。。。おもや、内定を取り消されると思われたものの、仕事のパフォーマンス次第で、ビザのサポートを考慮していいということで、合意。

これが前回までの私のブログの状態です。

そして、1年半もの月日がたちました。
前年度のパフォーマンスの結果ミーティングが6月に実施され、最大の150%を超えた結果を出すことが出来ました。

又、HRと合意が最近ようやく取れ、二年後に永住権の申請の切り替えを視野に入れた、4年間の労働ビザの申請をしてもらえることになりました

この不景気の中、経費は、自前かと思われました。。。が、3ヶ月の待機の中、会社が弁護士料、申請料すべて負担してくれることにもなりました。

まだ、永住権は取れてません。のでこれからも前進し、仕事にうちこみ、成果をあげていかなければいけませんが・・・・

ちなみに、昨年度からすんでいるボンダイビーチのそばの家も、私名義に書き換え、2月から不動産契約を結んで、一部屋貸しています。

毎回、まとめて近況を書いているので、またたまってしまって長くなりすみません。。。。

又シドニーには夏がやってきました。
ちなみにうちの母は、1日からアメリカに飛び、妹達と正月を過ごすようです。
きちんと私が落ち着いたら、いつか、シドニーで家族みなで集まりたいものです。

今年は、10月に日本に帰国し、祖母の100歳を祝うために、いとこおじおば、ほぼ全員であつまることができました。(うちの妹軍団はかけていましたが・・・)

いろいろありましたが、新たな年に向けがんばります。

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今年のクリスマス会ー

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家族や友達や、支えてくれた人たちに感謝しつつ、皆さんよいお年を!

2011年9月19日 (月)

研修期間を終えて、正規雇用になりました。

この会社に運良くはいれたのは、3ヶ月前。

研修期間が無事に終わり、パスし、正規社員になりました。

実は、この数週間ブログの更新をしない間に、いくつか変化がありました。大きかったのは、引越しをまたしたことです。。。。ある日家に帰ってくると、家がすごいことになっており、夜中の二時まで飲み会が続き、玄関のドアがこわされ・・・・酔ったフラットメートが行った行動でした。そして、次の日、私は家を出ました。 まあ、出るしかなかった というのが本音ですが。

今、そのフラットメートとは、まだ連絡をとっています。ちゃんと謝罪してくれ、お酒も改心すると約束してくれました。

私が今いる家はビーチから徒歩5分、元フラットメート、ポーランド人のカップルの知り合いの日本人のフラット兼オフィスにいます。2ベットルームの一室をオーナがオフィスとして使用しているので、基本、土日、平日も6時以降は誰もいません。その為、のびのび生活しています。ただし・・・・家賃はさらにあがりましたが・・・

さて、会社の話に戻ります。

会社の中は国際色豊かです。そしてチームのメンバーは本当にいい人たちばかりで、大好きです。ボスや、職場の環境に恵まれ、朝からおはようと、笑顔で仕事がスタートできるのは、本当に気持ちのいいこと。

ただし仕事は大変です。今日も残業出勤で、休日出勤しています。

日本人のスタッフが辞めてしまい、仕事の量が増えそうです。。。そして、会社に来ると、日本語の話せるメンバーたちは、いつもため息。。。うちの仕事は、8割が英語対応なのですが、2割程日本語対応があり、この2割が。。。8割に筆頭するほど、大変。日本の顧客の要求は、こちらでは考えられないほどの要求が多いのです。その為ストレスレベルが違う・・・職場のメンバーによっては、毎日愚痴をこぼし、前の会社がよかった・・といいつづけるひともいます。

さて、私。

私はどう思うかというと・・・

最近本当に思うのですが、どの職場も大変なんですよね。仕事って決して楽じゃない。20代の時は、もっと高給で楽な職場があるんでないかとおもった。でも・・・一度、東京で、年収1千万越えがあったとき。。。給料もらえばいいってもんじゃないなと思いました。

もちろん、経験してなかったら言えないので、経験してよかったと思いますが、給料が高くなれば、仕事の責任や内容も増える。そしてプライベートの時間は減る。お金はあれば、無駄使いする。なければなかったで、それなりに生活は出来る。

私は、今の生活に満足してます。そして、幸せだなとおもう。そりゃ、念願の永住権にはまだたどり着いてないけど、こうやって、仕事を得て、給料をもらい、友人には助けられ、職場の環境にも恵まれ。毎日小さいことでも感謝することってすごく重要なんだと思う。

なので、朝から、あー今日は、日曜で出勤やだ。めんどくさい、会社やだ という言葉よりも、おはよう!今日も元気?がんばろう!っていう言葉を言うようにしてます。

気持ち次第で毎日はきっと変われる。

この二年半大変だったし、日本でも苦労続きだった。でも、あの苦労があったからこそ、地獄を見たからこそ、今笑える。あんな大変だったんだから、大丈夫って。

まあ、又へこむと思いますが、そのときは素直にブログに書きますね。

夏がようやくやってきました。

これからきっと忙しく、楽しい夏になります。

2011年9月 2日 (金)

ボンダイビーチ前に引っ越してきました!。。。最近の近況

又また久々のブログ更新。。。

ほとんどみてなかった・・・あけてもいなかった 笑

さて、引越ししました。ほんとにビーチ前。まん前。リビングからは、海がガンミできる!

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夢にまでみたビーチライフをエンジョイ中です。

さっくりと経緯を話すと、元の家のフラットメートはポーランド人のカップルでしたが、なんと、妊娠していたことを8ヶ月隠し通し、いきなり、あと二ヶ月でベイビーできるからでてって。。といわれたのでした。

とほほの私は、家を探す羽目になり、結局1ヶ月のいえ探しの果てに、ビーチにこだわりつづけ、この家の広告を発見。ビーチ前の、アパート最上階で、2ベットルーム。家賃は週280ドル。まあ、部屋はかなり小さいですし、家賃も上がりましたが。まあシドニー1有名なビーチのまん前なのでしょうがない。

ちなみにこの家の全家賃は、どうも、週に700ドルはするっぽい。。。つまり、月2800ドル??ありゃ。高いね。フラットメートは、オージー,生まれ年同じ、誕生日21日違いの男性です。

会話はほとんどない。

この彼は、本当に会話のない人で暗いわけでもない、だけど基本めんどくさがりやで、ほとんど会話を家でしません。。又、酒ぐせがよくない。よく飲む。仕事に関しては、自分で会社をやってるくらいなので、働く人なんだけど、とにかく、飲む。飲んだ次の日は、機嫌が悪い。一日中家にいる。寝てる。そのくせ、寂しがりやなとこもあり、私と話したがることもあり。まあ、理解不能の人です。その為、掃除は私がやり、まああまり苦にはならないし、なれてきちゃったので (二人で住んでるので、そんなよごれないし。)カップルで住んでたころの窮屈さはないし、まあいやになるまでいいか。ってなかんじです。でも次は、スタジオにすむな。・・・もうシェアはほんと、疲れた。一人暮らしが高すぎてできないのが、シドニーの難点です。

仕事は順調で、あと数週間で、研修期間も終わり、本採用になります。首になることはまずなさそうですね。。笑

朝バスの中で考えてました。私のフラットメートは、お母さんとお父さんが結婚することはなく、未婚で生まれて来ました。口数のすくない彼が、ぽろっといったことがあり、そのせいか、ものすごいお母さん子です。そして、見てると、会話が上手な人でもない。又、ものすごく、自分中心な人で、自分でわかってるんだろうが、直せなさそうなタイプで、酒もよくないとおもいつつ、友人に誘われると飲みにいき、次の日は罪悪感で、海辺を朝一から走り、運動する・・・みたいな。私のこともフラットメートとして気に入ってるのだけど、会話をするのがめんどくさい。。。

人の人格ってどういうふうに形成されていくのかなーって。ふと思って考えてました。

たとえば、オージーの友達たち。10年以上前から仲のいい女友達の一人、フィリピン系オージーの友人は、カソリックの家庭で三姉妹で育ち、中学のころに家の前の道路で、妹をなくしました。その後、両親はもっと、信仰にのめりこみ、一番下の妹は、カソリックの学校で教師をしたいといっている。。。宗教を教えるためですが。家族は仲がいいけど、妹をなくしたこともあり、親が子離れできず、一番下の妹にずっと家にいてほしいと願っている。。。。結婚もしてほしくない らしい。彼女も又、その環境の中、無職が、4年もつづいており、すでに40近い。。。

もう一人の友人は、父親を20年近く前のブルーマウンテンの電車事故でなくし、ギリシャ系のほとんど英語の話せないお母さんが片腕で、姉妹三人をそだてあげた。お姉ちゃんはしっかりもの。だけど、一番下の私の友達は、いまだに、マリファナを毎日のようにすっている、そして、さみしいけど、いろんなことが行動にだせないでいる。真ん中のお姉ちゃんは、結婚しマレーシアにいったものの、だんなが働かず、子育ても協力せず、結局すべて、彼女がやっている。。。。二回目の結婚。前だんなは、結婚してたのにもかかわらず、浮気をくりかえした・・そして、現だんなとのつながりは、やはり、マリファナ。子供の前ですってるらしい・・・

最後に昨日前彼のライブにいってきました。彼は、5枚CDを出す、一応ウィッキペディアにものる、TJというシンガーなのですが、彼のお父さんは、教会の牧師でした。その為、ものすごく厳しい家に育って、小さなころからいろんなことをしかられ続けられた。いつも、自分が足りないと思っていたらしいです。

10年付き合った彼女と別れたときに、両親共に彼を責め、それから、亀裂が入り、今も両親とは近くないそう。。。そして、音楽をすることにも一切、理解をしてもらえない。彼は、40過ぎて初めて、海外で音楽活動をすることにきめ、あてもないまま、貧乏旅をして、アルバムを作っています。

昨日彼のライブを聴きに行き、はじめて本当に音楽に才能のある人なんだと実感しました。それと共に歌がものすごく、家庭の環境、自分の成長してきた過程を想像させるものだった。

もしこの人が、音楽をこよなく愛す、保守的ではない家庭でそだったらどうなっていただろうか。

もし、友人が、妹をなくさず、三人でいまだに楽しく生活していたら、どうなっていたんだろう。

もし、ブルーマウンテンで、事故が起きず、お父さんがいたら、マリファナのマの字もでてこなかったんじゃないだろうか。

とかあくまで推測でしかないんですが、人の人生はおもしろいものだな。と思いながら、考えていた日でした。

くだらないっちゃあ、くだらないね。。。笑

2011年6月 5日 (日)

11年目でようやくつぼみになりました。。。

ものすごく久々のブログ更新です。

半年振り近く、放置してました。というよりも、忙しかった!

まず、昨年、12月末に、TAFEを卒業後、卒業生ビザを今年二月にようやくロッジしました。

この卒業生ビザは、オーストラリアの学校に二年フルタイムで行き、IELTS(英語の試験)を6.0すべてのセクションでカバーし、学校在学中に6ヶ月以上、学校で専攻している職業で職業経験を終了し、オーストラリアにある、各職業の査定団体が、経験内容を査定してから、OKがでれば、ようやく卒業生ビザがもらえる条件を満たす というもので、結構めんどくさいビザです。

この卒業生ビザ(正式名をSkilled Graduate Visaといいます)をもらうと、オーストラリア国内にて、18ヶ月のワークパーミッション(労働許可)が下りるため、時間などに制限なくはたらくことができます。ビザが下りるまでの間が、約1年といわれており、トータルで、2.5年ほどオーストラリアにいることができます。

私の現在のビザは、この卒業生ビザを正式に待つ期間のブリッジング状態です。

前回までにも書いてきましたが、このビザをもらっても、もう永住権にはつながりません。シェフの職業は、移民リストから消えてしまったため、ほかの道を探すしかなくなりました。

そして、2月にキッチンの仕事をやめ、ホテルでのウェイトレスの仕事を朝しながら、3月にITの資格学校に入ることにしました。

弁護士さんに、もうITの仕事に戻って、会社にワークスポンサーしてもらったと、永住権をスポンサーしてもらうしか、道はない。 といわれたからです。

私には、ITの学位はありません。日本ではデザインの大学にいったのですが、ITの会社で数年働いていました。そのため、弁護士に、ITの仕事に戻ったほうが、ワークスポンサーをもらいやすいといわれたのです。もしくは、地方で、シェフとして数年働き、その地方から永住権のビザを申請してもらうことも可能といわれました。

正直、大きな決断でした。

永住権を取得することは私の夢でしたが、このまま”もし、こうすれば、もしかしたら こうなる”という沢山の”もし”に可能性をかけるのは、迷いがありました。すでに、2年も可能性に投資し、実際、シェフとしてオーストラリアで永住権をとっても、体力的に、シェフの仕事をしていくことはかなりきつい。さまざまな要素を考えた結果、ITの道に戻ることにしました。

しかし、もちろん、保障はなんにもない。

この国でスポンサーしてくれる企業をさがす。。。。私には永住権はなく、唯一あるのは、数年はたらけるビザだけ。しかし、最悪日本に帰っても、生活していかなければいけないことを考えると、ITの仕事しかない結論に至りました。

数年はなれていた、ネットワークの勉強を再開するため、手始めに、シスコ社のベーシックなネットワークの資格のレビューからはじめました。そして中位の資格、Voice IP電話の初級、中級の勉強をはじめ、同時に4月後半から、就職活動も始めました。その中で、昨年に一度受けた、某イギリスの電話会社へも行き、テクニカル試験を受けました。

結果として、テクニカル試験、電話面接、面接をクリアし、最終的に5月末に正社員のネットワークエンジニアのジョブオファーをもらい、最終的にワークスポンサーもする ということで合意になり、無事に働くことになりました。

長かった。・・・・・・・・・・

紆余曲折して、ようやくここまできました。

まだ永住権にはつながっていませんが、ほんとに一息です。

友人に電話した際に、”長かった、なきそうだよ。”といわれたときに、ほんとに涙がでそうになりました。

何度も何度も泣いて、転んで、起き上がって・・

あとはこの仕事をがんばり、会社から永住権を申請してもらうまで、仕事上でパフォーマンスをみせるのみです。

ようやくつぼみになったので、母の言うように、水をあげすぎず、少しずつ、毎日成長していくことが今の私には大事なことだと思います。

長くなりましたが、報告まで。。

ちなみに、シドニーは、秋から冬になろうとしています。

2011年1月18日 (火)

シドニーの夏とブリスベンの洪水

久々のブログ更新です。

今日、ようやく、卒業生ビザ申請のための重要な書類を書き終え、サインをもらってきたところです。先日、うちの母に、一喝され、眼がさめました。。

正直年末から年始にかけて、かなり堕落しており、恋愛ごとにうつつもちょっぴりぬかしており、まあ、終わったとたんに眼がさめたわけですが。 笑

その話には触れないでおきましょう。笑

年末は、ボンダイビーチのパーティーで踊りあかし(幾つだ!といいたくなりますが。。。。笑)その前は、ジャックジョンソンのコンサートで感動し、と、遊んでばっかりだった!!!最後はイタリア人とデートし始め、もうお母さんもお手上げ状態??!笑 なぜイタリアなのだ!と。ははは。

で、今は真面目生活に戻りました。はい。いつまでも遊んでいられません。

シドニーの今年の夏は、稀に見る天候の悪さが続いています。昨年は寒い夏でしたが、今年は気温の差も激しく、なにせ、天気が異様です。ブリスベンでは、ものすごい洪水。。。日本の友達が心配してメールをくれるのですが、大丈夫、私の住まいはシドニーなので、問題ありません。ありがとう。

卒業生ビザなのですが、思ったよりもめんどうです。。。

まず職業経験の書類を、査定団体TRAに書類送付するのですが、すべて、コピーで送る必要があり、JPのサインをもらい、コピーが本物と同じであることを証明します。

その後、その書類をTRAに送り、ロッジされると、ビザが申請できるので、健康診断の予約、ポリスチェックのロッジの証明、ビザ料金をしはらい、TRAのロッジの証明をすべて用意し、初めて、申請することができます。全金額は、$800くらいですね。本当に馬鹿高い!この国の費用は。。。。。ビザ取るだけのためにこの金額は、詐欺でしょう。。。

まだなーんにもこの先のこと未だにきめておらず、既に1月も終わろうとしており、最近ようやくあせりが。。。Guylianの仕事もいつまでもぼーっと続けるわけには行かないので、来週あたり、弁護士に相談しに行く予定です。30分190ドル。。。おそろしや。。

てなかんじで、何にも進歩していませんが、皆様今年も宜しくお願いします。あけましておめでとうです。。。

今年こそは、東京の友達にゆっくり会いたい!さくらを満喫したい! とかんがえておる私です。。乞うご期待あれ。

2010年12月 3日 (金)

卒業しました

本日ようやく卒業しました。。。卒業式後に、ファイナルの試験を落としてしまったので、再テストを受ける羽目に。。。。

しかし。。。

とにかく卒業。。。

疲労困憊。。。

報告まで。。。♪

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2010年11月28日 (日)

移民法改正 そして卒業

さて、またまた数週間ぶりのブログ更新です。

なんせ、ものすごい多忙を極めており、ひどいときは、朝の6時半から働き、学校を含め、帰宅が1時なんてこともあります。その為最近ブログ更新ができません。

そんな中、夏に一直線のシドニーで、相変わらず、風と波のコンディションを確認しては、さーと、一時間程波乗りに行く私です。。。。おかげですっかりウェットスーツ焼けしてしまい、土方君のようになってしまいました。笑

今週は、久しぶりの土日休みで、昨日は昼寝に没頭し、夕方に、ボンダイビーチのイタリアンで食事し、久々にリラックス。本日は、ドイツ人の友人と、買い物がてら、ボンダイジャンクションへ。その後、フェア・ゲームという政治映画を見てきました。うーん。やっぱし、ジョージブッシュは、戦犯ですね。ってな話をずーっと二人で語って帰ってきました。日本でどのようなタイトルで上映されるのかわからないのですが、ナオミ・ワッツと、ショーンペーンの映画で、よく出来ていました。要は、イラクにはホンとは大量兵器などなかった、それを知った上で、アメリカは、証拠を工作し、戦争に至った というホンとのストーリーなのですけど。北朝鮮と、韓国の現情勢を思うと、考えさせられるものがあります。最近Yahooニュースのコメントで、皆が書いているコメントを見るのですが、残念ながら、びっくりするほど、視野が狭く、他人事のいい加減なコメントが多いのを見て、正直、日本人の世界政治への興味の低さを感じさせられ、ああ、日本て本当に馬鹿平和な国だな。とがっかりすることが多いです。 申し訳ないですが。。。

さて、そんなはなしは横に置き、木曜で卒業することになりました。

水曜にファイナルの試験があり、ようやく終了。

その後?はどうしましょうか。まだ考えていません。来週、再来週あたり、弁護士に話しにいくつもりですが、12月はどうも、イベントが多く、クリスマス、コンサート、旅行などなど、仕事の量も増えるので、後々考える予定です。卒業生ビザの申請の準備だけしています。

数週間前に、法律が又変わったので。。。もうよくわかりません。

ここまでころころ変わると、正直ついていけず、更に又変わるといわれているので、正直お手上げ状態です。笑

興味がある方に最新情報を下記にのっけておきます。。。

● 技能点(40・50・60点)の廃止
● 年齢点が、若さより働き盛りの年齢層を反映
● IELTS全6.0の英語点は廃止。(基本英語要件は変らすIELTS全6.0)IELTS全8.0(Superior English)の追加
● オーストラリアの職歴点、海外の職歴点の大幅変更、職歴の長さに比例し加点
● 学歴点各種の追加(特に、博士号、学士号は国内外に関わらず得点可能)

下記、ポイントテストの概要になります。(
変更点は青字

新 一般技術移住ビザ ポイントテスト [2011年7月1日 施行予定]
各項目の配点[パスマーク65点 予定

■  技能要件 (技能点の廃止)

技能職 業リストに記載のある職業であること 
[ビザ申請の際の基本要件です。]
技能現在の技能職業リストに関しましては、こ ちらからお確かめ下さい。
0点

(1) 年齢点

18~24歳 25点
24~32歳 30点
33~39歳 25点
40~44歳 15点
45~49歳 0点

(2) 英語点(IELTSスコアー)

IELTS全4セクション6.0pts以上取得 (Competent English) 
[IELTS全セクション6.0ptsは’ビザ申請の際の基本要件です。]
0点
IELTS全4セクション7.0pts以上取得 (Proficient English) 10点
IELTS全4セクション 8.0pts以上取得 (Superior English) 20点

(3) オーストラリアの職歴点

申請日から遡って2年の内1年以上オーストラリア国内で、申請職 種での職歴がある場合 5点
申請日から遡って5年の内3 年以上オーストラリア国内で、申請職種での職歴がある場合 10点
申請日から遡って7年の内5 年以上オーストラリア国内で、申請職種での職歴がある場合 15点

(4) 海外での職歴点

申請日から遡って5年の内3年以上オーストラリア国外で、申請職 種での職歴がある場合 5点
申請日から遡って7年の内5 年以上オーストラリア国外で、申請職種での職歴がある場合 10点
申請日から遡って10年の内 8年以上オーストラリア国外で、申請職種での職歴がある場合 15点

(5) 学歴点

オーストラリアの教育機関(※1)、もし くは海外の教育機関からのPhD(博士号)を保持 20点
オーストラリアの教育機関(※1)、もしくは海外の教育機関からの 学士号(Bachelor Degree)、もしくは、Bachelor +MasterまたはHonours degree(Division1)を保持 15点
オーストラリアの教育機関からDiploma以上またはTrade qualification (Certificate III or IV)の学位を取得した場合 10点
海外でApprenticeship(見習い徒弟訓練)(※2)を 修了していた場合 10点
※1 CRICOS登録で2学年分以上(92週)以上 のコースで、豪州国内で就学してい た場合のみ得点可能
※2認定されている Apprenticeshipのみ


(6) オーストラリアの留学点
オース トラリアに2学年分以上フルタイムで留学していた場合(上記※2) 5点

(7) 
プロフェッショナルイヤー点
12ヶ月以上移民省認定のプロフェッショナルイヤー(※3)を終 了していること。 5点
※ 3 一部の職種に提供されている、移民省認定のトレーニングコース

(8) 地方/低人口増加地域点
リスト にある地域・教育機関に、2年以上居住・留学していたことを証明できる場合 5点

(9) 
配偶者の技能点
配偶者が技能・年齢・英語で、申請者と同じく基本 要件をクリアしている場合 5点

(10) 
ボーナス点
オーストラリア社会の言語(英語以外)に流暢である場合。(NAATIのプロフェッショナルレベル(Level 3)を取得している場合のみ得点可能。日本からの学士号を保持しているだけでは、得点可能ではなくなりました。) 5点

(11) 
スポンサー点
州スポンサーを得られた場合 5点
地方指定を受けている区域の親族がスポンサーとなった場合(SRSビザのみ) 10点
地方州スポンサーを得られた場合(SRSビザのみ) 10点

また、今回のポイントテスト変更に伴い、一般技術移住ビザに関して下記の改正も予定さ れております。
※ 45~49歳層を新たに追加(年齢点は得点できませんが、ビザ申請可能となり ました。)
※ パスマークは65点に改正予定。(スポ ンサービザと独立ビザの区別なく、パスマークは65点。)
※ オーストラリア社会言語ボーナスポイント(5点)が、NAATI保持している場合の み、得点可能。
  (日本の学士号を保持している場合では得点できなくなりました。)
※ 親族スポンサーによる永住ビザ申請廃止。SRS ビザのみ親族スポンサー付で得点可能。
  (s176ビザ・s886ビザの場合、州スポンサーのみとなり、親族スポンサーはでき ません。)
  州スポンサー付であれば、永住(s176、 s886ビザ)、暫定(SRSビザ)のどちらでも申請可能。
あーとにかく、最近はほんとに政府の移民政策の指針のない、変更の多さに(オーストラリアのガバメントは自国民が認めるほど馬鹿です。)嫌気がさし、考えるのを相変わらずストップしています。てなわけで、クリスマスシーズン。。。マーティンプレースのツリーが今年も復活しました。 写真で楽しんでください。ハッピーサマークリスマス!
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2010年10月19日 (火)

オーストラリアでのジョブトライアル

ここオーストラリアでは、基本的に、レストラン、キッチンでは、トライアルがあります。

面接にOKがでると、じゃあ1日来てみて、 といわれ、数時間トライアルのチャンスを与えられます。給料をもらえる場合と、もらえない場合があるのですが、既に経験を求めるこの国での職場では、トライアルは、重要なものになります。

この国では、仕事をつかむのが本当に厳しいため、新しいレストランのポジション募集がでると、行列ができるところがあるほどです。実際に、私の友人が、申し込みに行ったところ、並んだ列ができており、何?ときくと、皆履歴書と面接にきたとのこと・・・・

厳しいですね。本当に。

さて、調理業界も同じで、トライアルがあります。私の働く職場にも、何人もトライアルに来ますが、経験のない人は、ほぼ落とされます。。。。

元クラスメートの韓国人の友人に仕事を紹介し、二回トライアルに来た挙句、私のボスは雇わないことを決めました。そのため、彼女は、ものすごく感情的になり、泣き出しました。。。ボスいわく、She is not strong enough ・・・・つまり、十分じゃない。ってことです。その為、イタリアンで働く元同僚のシェフに仕事紹介を頼んだところ、現在人を探していて、ぜひ、お願いしたいとのこと。韓国人の友人に電話をすると、電話にもでてくれません。

来たメールが・・・・”ありがとう、でも私の運命は、キッチンで働けないという運命だと思う。だから、今は平穏でいたいし、誰とも話せる状態じゃないの。”

私も同じ道をずーっとたどってきたし、とてもわかるのですが、ひとつだけいえることは、この国で、自分の面倒を見てくれる人は、自分以外だれもいないのです。あきらめたら、そこで終わり。私や友人はあくまでも手を差し伸べ、チャンスを渡せるだけ。私は、友人からチャンスをもらい、そして仕事を手にした。それはすごく感謝してます。だけど、あの時、落ち込んで、面接にも行かなかったら、この今の仕事はない。たとえバイトだって、仕事あるだけましだって、ほんとに思います。

さっき、ボスに電話して、’なんで、私の友人雇わなかったの???理由がしりたい!’と聞いたところ、’ガッツがない’とのこと。

そう。・・・・・彼女ガッツがない。。。

彼女は、半年前に学校を辞めました。理由は、金銭的にきつく、彼がオーストラリア人のため、ディファクト(同棲ビザ)を申請し、永住権を取得するので、学校は、永住権取得後、授業料が安くなってからいくとのこと。もちろん、家賃も彼が支払っています。

しかし、同棲を始めてから、問題が山済み。彼が、食事を作らない、つまらない、外交的ではない もろもろ・・・会うたびに 私の人生は、なんでこんなんなんだろう・・・あー。 というのが、彼女の口癖でした。そのたびに自立しなきゃだめだよ と言ってきたけど、私以外の友人は、皆彼女の元をさっていった・・・・ なぜなら彼女は何もアドバイスをきかない!既に1年以上同じ問題を聞いています。。。

やっぱり自分の人生の建て直しは自分にしか最終的にできないんだよね。。。

少し悲しい思いです。

さて、先ほど電話が鳴り、話すとインドネシア人の同僚から・・・・

前回のブログでも書きましたが、5人いたシェフの3人がやめ、私と、インドネシア人のシェフがキッチンを支えていました。 が・・・・・・・・・ヘッドシェフが、彼を首にしました。。。

このインドネシア人の彼は、私が仕事を教えたのですが、1ヶ月ほど前に入ってきて、仕事の覚えが非常におそかったことと、仕事に対してモチベーションがなかったため、しばし、問題になっていました。それでも、他のシェフ3人がやめてしまい、私には、彼は重要でした。1週間前に、2人新顔が入ってきて、まだ彼らは、仕事を覚え中。ドイツ人と、韓国人ですが、まだまだ一人立ちはできません。そんな中、また一人首・・・・・・・・

厳しいですね。ほんと。私も気をつけないと。。。。。。。

最も私は、ウェイトレスと、フロアーマネージャーの愛情で救われてるのかもしれません・・・

2010年10月13日 (水)

ボンダイライフ

本当に久々のブログ更新です。

もう見てる人いないんじゃないの?ってくらいご無沙汰してます。。。

最近本当に忙しすぎて、書いている時間がありませんでした。同時に今充実しています。

海の側に引っ越してきてからほぼ一ヶ月。フラットメートとも楽しくやっており、年齢も感覚もあうため、様々な話をしながら、ポーランド人のカップルと生活しています。

彼らは大人なため、いろんな話ができます。ある種、感覚が非常に似ていて、私が相手に気を使う分、彼らも気を使ってくれます。でもその使い方が、大げさでもなく、非常に程よい感じです。

そして何よりも大きなのが、部屋から海を眺められること。そして徒歩5分でビーチまでいけること。ベランダから見るBondiの夜景、海のしぶき、流れ。本当に大好きです。なぜ今までここに越してこなかったのか、と疑問に思うほどです。やはり、私には、海をはずしては、生活ができないことを、心のそこから感じます。

さて、学校もあと残り8週間となりました。

実は全く何も考えていません。この先どうするか、全く未定です。

バイトがいまや安定し、最終的に、就職先を考えずとも、しばらくは生活していけるので、卒業生ビザのみ申請し、年末までに考えることにしています。

Guylian.カフェでの仕事も、いまやすっかり、すべての仕事を覚え、教えるまでになりました。。。といっても、5人いたシェフが3人やめてしまい、いまや、私が一番の古株に。。。。

マネージャーや、職場のすべてのメンバーと、仲良くやっており、個人的にも出かけるので、私の環境は本当にインターナショナルになってしまいました。ジャパレスで働いていた頃は、本当に日本環境だったので、今や英語ばかり話しています。(まあ、もっとも当たり前のことですが。)

ホテルでの仕事も、日本人の勤勉さを買われ、すべて希望道りにシフトもいれてもらっているので、体力的には厳しいですが、充実しています。

この数ヶ月、知らなかった自分を発見し、今までになかった感情を見つけ、そして、幸せの意味をはじめて知った気がします。

こんなことブログで書くのは変なのかもしれないけど、人生にはいろんなことがあって、色々な人がいて、いろんな思いがある。毎日晴ればっかじゃないけど、どう思うかで、幸せの意義が変わってくる。そして、すべてが悲痛に思えたときは、時には心から逃げてもよく、すべてを考えないことも重要なんだと思います。時に、答えは時間が解決してくれることもある。

なんだか、人生がいとしく思えることがあります。

私の友達がくれた ”ハッピーバンブー”が今日も窓から、海を眺めてます。

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2010年9月14日 (火)

とうとうボンダイビーチへ引越し

先週にようやく、シドニーで一番有名なビーチスポット ボンダイビーチへ引っ越しました。

ポーランド人のカップルのすんでいるユニットの一部屋をかりて、シェアしていますが、レントはかなりあがってしまい、その上交通費もかかる。。。しかも学校から一時間くらいかかり、結構不便は不便ですが、どうしてもビーチのそばに移りたかった!

ただ、忙しくてまだほとんどいけてないのですが。

昨日仕事前に、高台からビーチを望み、一息。

波は程よく、サーファーたちが、楽しそうに波乗りしていました。

私も木曜日に今年冬初の波乗りに行ってまいります。とうとうやすみじゃ!!!うれしい!

まだ家の感覚になれず、かりた猫のようになっていて、完全に一人の生活を好む私には、やっぱりシェア生活は厳しいです。でも、最高のロケーション、海まで徒歩5分、ウェットスーツで歩いて帰ってこれるので、ようやく長年の夢がかなったかんじです。

最近は忙しい毎日で、朝早いときには、6時半から仕事に行き、昼から学校、夜もほかでバイトと、ちょっとクレージーな毎日。。。。

そろそろ落ち着いて、先行きを考えながら行動しなければなりません。

相変わらず、移民局からのアップデートはなく、地方ビザもどうなってるのかわからない状態。オーストラリアでは、選挙が最近終わり、労働党が勝ち、又、そのままジュリアギラードが、首相のまま。

労働党は、ビジネスが下手な党なので(といっても、この党だけじゃあないけれど。)お金になる、インターナショナルスチューデントの扱いも下手。

さらに、移民の数を減らし、授業料だけ上げていきそうないきおいですね。・。・・・・

改善してくれることを望むばかりです。

本日は大雨で、課題をささっとすませ、今から又出勤です。

日本の夏はどうなったのかな。。。。暑いのかなー

家族全員が、アメリカから、日本で集合するようなので、正直日本に本当に一時帰国したいです。 が・・・・最近、ホテルでの仕事が決まって、そちらでもバイトしているので、当分休めそうにありません。。。

ちなみに私の現在のトレーナーはブラジル人のゲイの兄弟です。笑

とってもキュートで、やさしんですよ!

職場はどちらも、国際色豊かで、やはり私には、日系の会社は厳しいみたい・・この環境のおかげで、きつい仕事もがんばれます。

さて、重いおしりをあげ、行ってきます。

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